蠱惑のレストラン

2/8
前へ
/8ページ
次へ
その奇妙な店は、入り口が無かった。 オフィス街にひっそりと佇むその店は、周りの景観とはあまりにも似合わない外観の、洋風の建物だ。ビルとビルの間に不自然に空いたスペース。その僅かな場合にその店は建っている。 看板があり、ここが蠱惑のレストランという洋食屋だということは確認できる。しかしどこを見ても入り口は無い。そんな奇妙な店だ。 肌寒い冬の日の昼頃。その店の前に、一人の男が佇んでいる。 男は齢にして20歳ほどの若い人物で、今日はネットの広告で偶々見つけたこの店に、興味本位でやって来たのだ。 「困ったなぁ。住所はここであっているはずなんだどなぁ……」 男は煙草をくわえながら困った様に頭を掻き、愚痴を溢す。先程からスマホで店の情報を確かめながら店の入り口を探しているが、一向に見つかる気配はない。持っていた煙草が吸い終わったため、諦めて男が帰ろうと背を向けると、店の方からしわがれた声をかけられる。 「おやおや、お客さんかい?」 男が振り返ると、そこには一人の老婆が少しだけ開いたドアから顔を半分覗かせ、こちらを見ていた。 「遠慮する事はないよ。さぁさ、入んな」 老婆はそう言ってドア閉め、姿を消した。 男はつい先程まで存在しなかったドアを不気味に思うも、不可思議な体験ができると思い迷わず店の中に入って行った。 中に入ると、そこは外観からはありえないほど広い空間が広がっていた。内装は高級ホテルを思わせるほどに豪華で、高そうな服を着た客達が、多くの席を埋めていた。 男が呆然としていると、真っ赤なドレスを着た女性が男へと近づいて来た。 「あら?見ない顔ね。もしかしてここにくるのは初めてかしら?」 女は美女呼ぶに相応しい美しさを持ち、そのドレスも相まって、絶世の美女と呼んでも過言ではない。しかし同時に、男は彼女から蠱惑的な雰囲気を感じとる。まるで、危険だと分かっていても虫が誘蛾灯に誘われるかの様な、そんな魅力だ。 「え、ええ。ネットの広告で偶々見つけて。でも、ここがどんな店かは詳しく知らないんです」 女性から妙な雰囲気を感じとった男は、丁寧な口調に気をつけて対応した。 「あらあら、大丈夫よ。別に取って食べたりなんてしないわ」 しかし、女性はそんな考えなどお見通しの様だ。考えを察せられた男は少し顔が赤くなるも、なんとか平常心を保って何でもないかの様に接する。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加