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その部屋にあったのは、壁中に張り巡らされた蜘蛛の糸。そしてまるで繭の様に糸で形作られた人型のモノ達。
「た…………すけ……」
「ぅ……ぁ……」
否。これは人だ。時折聞こえる呻き声から、彼らは皆生きている人間だと分かる。
「何だ……これは……」
男が異常な光景に驚き、そして恐怖していると、背後から声をかけられる。
「驚いた?」
ハッとして振り返ると、そこには先程までと同じように妖艶や笑み──否、嗤み──を浮かべた女が居た。
その得たいの知れない雰囲気に圧され、女から距離を取ろうと、無意識に男は部屋の奥へと後退る。対して女は、ゆったりとした動きで男に迫って行く。
やがて男の背中はネチョッとした物に触れて止まる。それは壁にまで張り巡らされた蜘蛛の糸だった。
「何なんだ……これは……一体何がどうなって……?」
「ここはね、私の食糧庫なのよ」
「食糧……庫?」
女は言った。この店は自分たちの様な人ならざる化け物が集う店であり、好きな物を好きなだけ食べられるのだと。
「私達化け物はね?とっても強いけど、とっても弱いの。光の当たる場所、特に太陽みたいな強力な光を浴び続けると、弱ってしまうのよ。それは人工の光ですら例外ではないの。そのせいで、私達の好物を集めるのすら苦労するのよ」
女は愉しげに語りながら男の前まで来る。
「だけどここは違う。ここには忌まわしい光は無い。貴方はここが電気で明るいと思っている様だけど、実際は違うのよ」
何がどう違うのか、それは男には分からなかった。しかしそんな事は最早どうでも良かった。ただ、この状況をどうやって生き延びるかを思考していた。
「そう、ここでは全てが許されるの。私達が何にも縛られる事なく動ける数少ない場所。そして、私達の好物っていうのはね?」
女は手の平で男の頬を撫で、妙に艶かしい声と吐息を男にかける。
「人間なのよ」
「にんっ……げん……?……まさか」
「そう。貴方が食べた料理。あれも人肉よ」
真実を知ったその瞬間。男は猛烈な吐き気に襲われる。先程食べたモノを全て吐き出してもそれは収まらず、一滴も残さない勢いで胃液を吐き出した。
「お、おれ……おれが、ひとをくった?」
「うふふ。大丈夫よ。どうせもう、そんな考えをする必要は無くなるんだから」
そう言って女は一度男から離れ、一番近くにある繭に触れた。
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