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その奇妙な店は、そこにあった。
ビルとビルの隙間に挟まれるようにして、奥に、日本家屋を思わせる格子戸の木戸が僅かに開いている。足を止めて覗いてみると、石畳が灯りに照らされて、薄仄かな光を反射していた。
夏など早く終わればいいと思っていたが、秋を運ぶ風は、それはそれで人肌恋しくさせる。木戸の向こうは温かさを含み、ヒールを脱いで上りたくなる柔らかさがあった。
なにかの店のような気もするし、ただの民家のような気もする。しばし考えたが、手を伸ばし、木戸を開けた。
カラリと滑るように開いた中へ、静かに歩を進めた。
コツコツとヒールが鳴る。雑踏の中では気づかなかった音だ。そっとした佇まいに、それはひどく不釣り合いに思えた。
後ろから風が吹いた。リンと美しい風鈴の音が鳴った。
「夏の名残ね」
もう一度、聞きたくて耳をそばだてたが、一度きりのままで、二度目の音色を聞かせることはなかった。そして、そのことが違和感を覚えさせ、後ろを振り返った。
『音がなにも聞こえない』のだ。
ここはもっと華やかで、うるさくて、人の息づかいで満ち溢れている場所だ。カラリ。前方から密やかな音が聞こえた。向き直ると、さっきまで閉まっていた、玄関の入り口が10センチほど開いている。
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