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人の気配はない。だが、温かな空気がそこから流れてくる。
遠くから運ばれてきたような風の音がする。カツリと響く音を最小限にして玄関前に立った。その灯りは人工のものではなく、もっと強い光が照らしていた。民家に必要な光源ではない。
伸ばしかけた手をどうしようかと考えた。だが、好奇心に負け、私はドアを開いた。
突然の強い光に、反射的に目を閉じた。
しばらく、まぶたの中に広がる眩しさをやりすごしていく。ようやく慣れた明るさに、そろりと目を細めながら開いていった。直後、目は限界まで見開かれた。
そこには、どこまで砂漠が続いていた。
風が砂を運び、地形を自由に変えている。
なにが起こっているのか分からなかった。数分か、数十分。言葉もなく、ただ、ありえない世界を前に立ち尽くしていた。
だが、砂漠が広がるだけで、それ以上のことはなにも起きない。衝撃がすぎ、ようやく落ち着きを取り戻した。ふと、動くものがあった。
目を凝らして、砂漠の遠くを見つめる。小さくだが、確かに動いている。
降り注ぐ光源の中、黒く影を落としている。それはとてもゆっくりとだが、意志を持って、こちらへと近づいてくるようにも見える。進むごとに、ザッザッと音が聞こえる気がした。
影が作る足音に、閃きのように胸に舞い降りる感覚が全身を覆った。
『彼は、こちらへ向かっているのだ』
彼? なぜ、あの黒い輪郭だけの影が、男だと分かるのか。
砂に足を埋めながら、ゆっくりではあるが、影を徐々に濃く落としながら、力強く、間違いなく、この玄関へ向かって歩いてくる。途端に、背筋が凍る。
恐怖に足が下がった。ヒールが、ジャリと砂を踏む音がした。そして、自分の身に、ありえない現象が起こっているのに気づいた。
身体から抜け出るように、影が細長く、砂漠の男に向かって伸びているのだ。
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