9人が本棚に入れています
本棚に追加
『私の影は、歩く男を求めている』
それは、私が望んでいるのだろうか。
知らない男を求める自分の影。
一体、彼は何者なのか。知りたい。
そう強く思った。このまま両の足を砂の上に踏み入れ、砂漠の世界に身を任せれば、きっと分かるだろう。いつも自分の傍らにある影が、主である私を捨てても、彼を求めている。
影が、彼に近づいていくのと比例して、私自身も彼を求めているのだと分かる。それは、恐ろしくもあり、同時に、懐かさも覚えるのでもあった。胸がざわざわとうごめき、ともすれば、足を踏み出してしまいそうになる。
恐怖は消え去り、風に流され消えていく。
このまま、彼の元へ行くべきなのだ。私の影は随分と伸び、いまにも切れ、離れてしまいそうだ。私を私であらしめる分身を置き去りにできない。
失えば、きっと私は私でいられなくなるだろう。ならば、求めるまま進んでいいのだと、影はそういっていた。
男と影は、もう数メートルで触れ合うまでに近づいている。
涼やかな背中を振り切るように、熱の世界へ足を踏み出そうした。瞬間、背中から風が吹きぬけた。
リンと風鈴が鳴った。二度目の音色を待っていた、あの音だ。
「待って」
叫んでいた。私の影は伸びるのを止め、男も歩を止めた。
「帰ろう。もう、そこは過ぎてしまったものだから」
最初のコメントを投稿しよう!