第1夜 楽園喪失

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第1夜 楽園喪失

 私は美術部員で、そのとき夢の中でも絵を描いていた。絵を描いていることは同じでもリアルとは大きな違いがある。それは絵を描く私を無数のギャラリーが取り囲んでいること。天使も悪魔も妖怪や動物たちも静かに笑顔で私が絵を描くのを見ていてくれる。  そう。私は絵を描くとき誰かに見ていてもらいたかった。もちろん、リアルではそんなこと望まないし、望んだところでそうなるわけないのだけど。  私の夢の中なのだから誰もが私の言いなりにならなくてはいけなかった。  でも、一人だけ、私の夢の中に私を見ていない者がいることに気がついた。  その顔に見覚えがあった。同じクラスの大賀一矢だ。話したことは一度もない。住む世界の違う人間だから。  向こうはサッカー部で運動神経もよくて男子にも女子にも好かれる人気者。見た目も背は高いし小顔で髪はサラサラしていて、テレビに出てくるアイドルグループの中にいても違和感ないようないわゆるイケメンさん。  一方、私は地味女子グループの一員で、そのグループの中でも不思議な子扱いされている底辺。  なんかみんなの機嫌がいいなと思って、  「どうしたの?」  と聞いてみたら、  「今日は久しぶりに陽希ちゃんの声が聞けたから」  なんて言われてしまうくらいだ。  私は小島陽希という名前。でも、陽希という名前が嫌いだ。陽気じゃないから。  名前でからかわれるくらいならいいが、  「きっとご両親は陽気な人になってほしかったでしょうにねえ」  などと残念な子扱いされてイラッと来たことが子供の頃から数え切れないくらいある。  そんな私だから自分の夢の中に一矢が存在するのは耐えられなかった。私の居場所はここしかないのだ。夢の中まで劣等感を感じさせないでほしい!  私は絵筆を置くとずかずかと一矢の方に進んでいった。  「君の居場所はほかにもあるでしょ。私の夢から出ていって!」  「居場所なんてないんだ。小島さんの邪魔はしないから、ここにいさせてほしい」  ずいぶん謙虚な答えだ。一矢を改めてまじまじと見ると、小動物のように怯えた表情で私を見ている。しかも使用人みたいなオンボロな服装。ちなみに私は夢の中らしく純白のドレス姿だ。リアルでこんな格好で油絵を描くなどありえないが、さすが夢の中である。
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