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その奇妙な店は、東京で最も人が多い繁華街のひとつ、渋谷からほど近い住宅街の中にひっそりと佇んでいる。
東京のアップタウンは、渋谷も六本木も表参道も、目抜き通りを外れると途端に音が消える。都心でありながら閑静な、いわゆる高級住宅街と呼ばれる地域だ。そこではだいたいにおいて、低層型の瀟洒なマンションか、洒落た住宅が立ち並び、早朝なら犬を散歩する人々をちらほら見かけることもあるが、昼も夜も人通りは全くと言っていいほど無い。これらの地域に住む人々はみなガレージから車で出かける以外の交通手段は用いないのだろうかとさえ思ってしまう。
この店もそんな場所にある。渋谷区南平台、繁華街から徒歩で数分なのに、東急109周辺のビビッドなネオンカラーも、酔っぱらいの奇声も届かない。コンクリート打ちっ放しのマンションの地下、外から見える場所にはネオンどころか店名すら見えない。知っている誰かがそっと耳打ちでもしない限り、この店にたどり着くことはまず無い。
外壁と同じコンクリートの階段を下りると、壁にとても小さな看板が掲げられている。「PT」。それだけだ。BARというサインも無く、シルバーの縁取りを施した黒い小さなプレートに、2つのアルファベットがあるだけ。PTは化学記号でプラチナだから、この色は厳密に言えば、シルバーでは無くプラチナ色と言った方がいいのかもしれない。
私がこの店を知ったのは、取材で知り合った読者モデルの紹介だった。厳密にはそのモデルのご主人の紹介である。ご主人は銀座で古くから和装用の小物を扱う老舗の御曹司だった。ファッショニスタとしてのブログが人気の奥様に取材要請をすると、自宅で受けたいという申し入れがあった。私は二十代から三十代のアッパークラス向け(あるいはそういう願望のある)女性雑誌の編集者をしている。
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