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「今夜は僕の驕りですから、皆さんとことん飲んで行ってください。」
岡部氏が宣言した。彼と一緒にやって来た、ご夫婦だろうか、可愛らしい雰囲気の女性を連れた品の良い男性が、いや、僕の驕りで、と岡部氏を制する。会社の後輩を連れて来ていた私は、いえ、私たちの分は私たちで、と言うと、大人の男に恥をかかせるものではありませんよお嬢さん、とふたりの男性に同時に却下された。私、お嬢さんなんだ。
テーブルに突き出しが並べられる。そら豆、鯛の昆布締め、人参の千切りが飾られた鰆の南蛮漬け、春菊のお浸し。コンテンポラリーなインテリアなのに、意表をつく純和食だ。そして、どれも本当に美味しくて、思わず、感嘆の声を上げた。
「賢治くんが全部作るの。彼はバーテンダー兼シェフ兼私のペット。」
佳子さんが賢治君の肩を抱き、賢治君は優しく笑う。歳は倍ほど違うだろうけれど、まるで賢治君が佳子さんの保護者みたいだ。
「このお店、随分わかりにくい場所にあるんですね、看板もBARだとは記して無いし。」
私が佳子さんに聞いた。
「だって、知らない人が来たら嫌だもの。」
佳子さんが事も無げに言う。
「ここは、言うなれば、タモリのテレフォン・ショッキングみたいなもの。友達の友達はみな友達って、知り合いが知り合いを連れて来てくれるのはオッケーなんだけど、そうじゃない人たちは入れない、そういうポリシーなのよ。」
そんなんで採算が取れるのだろうかと思う私に畳みかけるように、佳子さんが、
「もうひとつポリシーがあるの。念のために確認、あなた、ちゃんと稼いでいる?」
え?
私は思わず聞き返した。
岡部氏が、
「藤崎由美ちゃんは女編集者、ばりばりのキャリアウーマンだから、審査はパスだ。僕が保証するよ。」
と助け船を出した。
状況が呑み込めない私に、岡部さんが言った。
「佳子ちゃんは家事手伝いとか、愛人とか嫌いなんだ。自分が稼いだ金で支払ってくれる客しか相手にしない。」
「あら、愛人が嫌いなんて言って無いわよ。愛人だって自分で稼いでいるなら大歓迎よ。稼ぐ方法は頭でも身体でもオッケーよ。職業で分け隔てするほど了見が狭い女じゃないもの。」
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