黒猫と酔っ払い

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当然と言えば当然だが、女性客は涙を流しながら現金を受け取り帰っていった。 「ありがとうございました。またのご予約をお待ちいたします」 いや、何かおかしすぎる。 「教えてくれないか?なぜロレックスが500円で今の指輪が1000万になるんだ?」 ひょっとしたらこの女、実は大富豪で貧乏人に恵んで自己満足してるとか。 「お客様には貴重なお時間を頂きご迷惑をおかけいたしましたので、先程のお客様方と同じだけ当店の説明をさせていただきます」 さっきの二人は予約して来た。 当然、この質屋を知っていたからだ。 「当店は完全ご予約制です」 だから俺、帰れない。 「査定させていただく品の種類、数量は問いません」 淡々と話す彼女。 「次に査定の基準ですが、私が見ているのは付加価値です」 付加価値? 「品物だけの価値はゼロに等しく、ここでは例えロレックスでもダイヤでも、それだけでは1000円にも届かないでしょう」 何か良く分からなくなって来た。 「付加価値って例えば野球選手が記録を達成した時に使っていたバットみたいな?」 「そうです」 でも、それは有名人の話。 「さっきの女性客の指輪、あれに何の付加価値が?」 「あの指輪は浅野様のご両親の人生そのものです」 あ、またこんがらがって来た。 「そんなの、指輪を見ただけじゃ分からないだろ?」 「いえ、それが私の役割であり、当然私の付加価値となります」 何言ってんだ? 「あの指輪は浅野様のお父様がお母様に贈られた唯一の品であり、直後にお父様は他界されています」 はい? 「残されたお母様はその後、浅野様を育てるために病弱のお体で昼夜問わず働き、病に倒れ帰らぬ人になりました」 いや....話作ってるだろ? 「浅野様もお母様同様にご苦労なされ、今回のご来店もお子様の医療費のためです」 「そんな事が何故分かるんだ?」 「そのご質問には返答致しかねます」 まあそれは調べれば分かるんだろう。 「でも、それじゃただの慈善事業、あんたに何のメリットがあるんだ?どんな歴史があっても所詮は一般人の持つ指輪。まして、そんな重たい歴史があれば誰も欲しがらないはずだ」 そう言った時、気のせいか彼女の口角が上がって見えた。 「付加価値を買い取るという事は、指輪の歴史全てを引き取るていう事ですので、浅野様の記憶からご両親は消えました」 嘘だろ?  
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