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そうは言っても数倍もの兵力差を一人で補っていた竜兵衛である。現時点で彼の力は尽きていた。異名の由来、赤槍を片手に竜兵衛は今後の立ち回りを計算する。
(奴の刃を身に受けて、こちらは槍で返り討つ)
首は掻かずともよい。胸を貫くだけで人は死ぬ。
(相討ちならば、こいつに負けたと言われまい)
血が足りぬらしい。目がくらみはじめた。やるなら今よ。
中須賀の手には、竜兵衛が半分にたたき切った薙刀が握られている。向こうも雌雄を決する時と見たらしい。その目に一切の迷いが無い。
「虎之助よ、そっちはその気であるか」
「愚問」
「宜う候」
微笑しながら朱槍を片手に構える。周りには昔から知った顔がこちらを見つめて囲んでいる。
己はてっきり乱戦のさなかに八方から突かれて散ると思っていたが、一騎打ちで果せようとは。しかも相手は往年の好敵手。相手にとって不足なし。
群衆の中、横目に我が子を見た。これからの事を受け入れがたいと言う顔をしている。だが忍見家は主君に可愛がられているし、他国にも昵懇の将がいる。あとは華と散って武名を高く仕上げれば、息子は安泰して家名を継げるはずだ。
中須賀が地を蹴った。竜兵衛は全力で疾駆しながら、吠えた。
さぁ息子よ、我が背中に続け。
二人の将がまさに激突しようとした、その時である。
「あいや、待たれよ。その槍、待たれよっ」
────と、知らぬ声。
何かを叫び散らして新たな武者が割って入った。遠路を駆けてきたらしく、呼吸を荒げている。
「拙者、千代家家中の鈴木某と申す者。双方、槍を収められよ。お味方同士でござる、刃を収めなされよ」
「戯けたことを言うな」
中須賀が怒鳴った。鈴木という男は気圧されながらも叫ぶ。
「谷津家と同盟関係にある千代家が主君恒成がさる九日、秋羽家とも同盟を締結いたした。よってこれより双方は盟友でござる」
「ほ。盟友……とな」
竜兵衛はこぼした。意識が朦朧として言葉の意味を飲み込めないのだ。鈴木は続ける。
「戦は即刻停戦のこと。御両者はもはや敵ではござらぬ。どうか槍をお引きくだされ」
「盟友、めい、ゆ、う、めい」
竜兵衛、まだ理解できていない。見かねた文四郎が声をかけた。
「父上、戦う必要はなくなったようです」
「めい……何、戦は終わったのか」
「だから、そう申しておろう」
鈴木は顔にしわを寄せてわめいた。
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