睡蓮抄

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 中国山奥に険しい山々に囲まれた広い湖がある。その湖には数え切れぬほどの蓮が自生し、水面を覆っている。特に夏の朝は蓮の花が咲き乱れ、まるで天上の世界のような光景だとか。ただし、その『天上の世界のような光景』というものを見るためには、一つだけ条件がある。  晴れていること。  単純なようでいて、かなり難しい注文である。何故なら、その湖の周囲は霧が出ることが多いからだ。しかも生半可な霧ではなく、三尺先が見えるかも怪しいような濃い霧なのだ。  しかしその霧が故に神々しく煌々しい天上の世界は見えないが、代わりに少し不気味なまでの厳かさ、神秘性がある。  そんな湖だ。  蓮があるが故に漁などはできなかったが、昔からある種の信仰の対象になっていた。  だからこそ数え切れぬほどの噂、伝説がある。
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