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「もうこんな時間か。帰ろうぜ」
隼人はいつもの笑顔に戻り、美和男の肩を叩いた。
帰り支度をする隼人の後姿を、美和男は寂しそうに見つめた。本当のことを聞かれなくて安堵しながらも、それ以上に本当のことを聞かれなかったことの悲しさが勝っていた。彼が言いかけた言葉。それが、美和男に彼の疑問を気付かせてしまったから。
――
美和男は、隼人と別れる登校と帰宅が嫌いだった。端正な顔立ちの自分に、苦手な女がまとわりつくからだ。
男子校に転校してきたのも、元はと言えば女と関わりたくなかったから。男にもそう良いイメージは無いが、女と関わるのは男も苦痛だった。何より、自分がそうであったように。
「美和男くん。一緒に帰ろ?」
美和男へとその素朴な瞳を向けて尋ねるのは、栗色の髪をした可愛らしい女生徒。美和男が一番関わりたくない人間であった。
「佐藤優芽さんって、確か彼氏いたよね」
佐藤優芽。優芽は、美咲が首を絞めようとした女生徒であった。噂の彼女は、今自分の隣にいる。美和男は話をはぐらかすことしかしなかった。だが、今は隼人のことで機嫌が悪い。優芽へと苛立ちをぶつけるように言った。
「え? ちなみに誰のこと?」
「ほら、幸次って奴。付き合ってるんだろ?」
美和男の答えを聞くと、優芽は吹き出し、腹を抱えて笑った。
「もー、美和男くん古すぎ! コージはとっくに別れたよぉ」
「え、そうなの?」
まさか。美和男は確認の意味を込めて真剣な顔つきで優芽を見る。優芽は片手を縦に振って、「ほんとほんとー」と間抜けな声を出す。
「ね、聞いて? コージさ、走り方ちょーダサいの。あんなの見たらさ、もう付き合ってられないと思って」
「あっそう」
彼女から出ないと思っていたような言葉の数々に、美和男は言葉を失った。その後も、優芽の口からは、以前の彼氏である幸次の悪口がぽんぽんと出る。女の悪口とは、よくもこう長々と続くものだ。美和男は失望を抱きながら、分かれ道までその話を聞かされることとなった。
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