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その日も、美咲はクラスの男子達と馬鹿話をして盛り上がっていた。だが、珍しく、前の席には誰もいなかった。本来なら、隼人が座る場所だ。だが、健康第一の彼が来ていないのだ。美咲は、彼のことを心配していた。
「お前等元の席につけー。ホームルーム始めんぞ」
担任の男教師がやって来ると、男子達は早々に元の席につき、美咲も姿勢正しく座りなおす。皆が元の席に戻ったのを確認すると、担任は話し始めた。
「そこ、隼人の席が空いているだろ? 実はな、あいつ転校することになったんだ」
担任からの突然の知らせに、クラスはどよめく。美咲も、思わず口を開いて担任を見た。
一人の生徒が、「はい」と手を挙げる。担任がその人物に向けて手を差し伸べると、生徒は立ち上がった。
「何で急に転校することになったんですか?」
「それは、俺も定かではない」
担任の曖昧な返しに、不思議そうに話し合う男子達。しかし、担任に聞こうにも、担任ははぐらかすばかりだ。これではどうにもならない。皆、転校についてはあまり触れずに、授業に取り組んだ。
授業が終わると、「来週倍やるから!」と掃除をクラスメイトに託し、気づけば彼の家へと駆けだしていた。
思えば、初めに話しかけてくれたのは隼人だった。一緒に昼食を食べ、一緒に帰り、一緒に笑いあった。そんな些細な付き合いだったが、美咲の中には着々と芽生えつつあった。
この感情の名を言うならば、きっと恋に違いない。自分自身を持ち、何時も他人を思う、頼りがいのあって面白い奴。隼人が、美咲は大好きだった。
「隼人!」
美咲は、車の近くにいた隼人を呼び止めた。
「何だよ、急に転校って!」
隼人は両親と顔を見合わせると、珍しく不安げな顔をした。すると隼人の代わりに母親が出て、美咲に事情を話す。
「実はね、お父さんの仕事の都合で転勤が決まっちゃったの。突然ごめんね」
「でも、転勤だとしたらもっと早くから担任に言いますよね? なんで、こんな逃げるみたいに」
自分が経験しているからこそ、発せられる言葉だった。自分もこうやって転校したのだ。ギリギリまで誰にも言わず、担任にも黙っておいてもらい、逃げるように転校した。
「何だよ、逃げるって」
「だって、私は、そうやって逃げたから」
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