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「部長本当にうざいよね」  フォークで野菜を刺しながら、美咲は言った。 「私も悪かったし、しょうがないよ。今度から気を付けないと」  不安と焦燥が入り混じる料理はおいしくない。いまにも溢れ出しそうな愚痴を水で流し込む。この頃は、本当に思っていることより、嘘をついている方が多い気がする。 「佳奈はつよいね。あたしなんか、部長に怒鳴られてやめたいと思ったこともあるのに。一度、部長に文句言ってやろうと思ったこともあるけど、態度以外はちゃんとしているんだよね、あの人。言っていることは正論だし」  私は何度も頷く。  部長にいびられる人間からすれば、とんでもない上司なのかもしれない。けれども、仕事のカリスマ性はもちろんのこと、実力だけなら会社の中で群を抜いている。部長に何か言い返そうと思っても、必ず向こうから正論が返ってくる。それを知っている私たちは、部長の態度を問題にしなかった。いや、できなかったというべきか。  問題は問題にしなければ、問題にならない。しばらく、あの部長の下で働く未来が約束されている。私は、心のどこかでいなくなってしまえばいいのにと思った。 「元々、この会社あまり良い噂聞かなかったしねー」 「えっ? そうなの」  私は少し気になった。どんな些細なことでも、イロが見えなくなったことに繋がるのではないかと期待してしまう。 「そうそう、表立ってはブラックって感じしないけど、裏では結構色々とやっているそうよ」  美咲はどこか楽しそうだ。こういう話が好きなのはわかるかもしれない。学校の七不思議みたいな感じだ。 「開発部は人体実験をやっているとかね」  隣のテーブルにいた溝口さんは私たちの話に割って入ってきた。 「まさかー」  口ではそう言ったけど、ベテランの溝口さんが言うと冗談に聞こえない。 「それ私も聞いたことがあります。なんでも、知らない間に被験者にされているとか」  美咲は口に手を当てて、周りには聞こえないように話しているつもりだろうが、だだ漏れである。 「そうそう。怖いわねー。特に部長とか絡んでそうじゃない」
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