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「佳奈―それなに?」  美咲は私の机の上に置いてある瓶を指さした。 「これ、石目くんからもらったの。なんか栄養ビタミン? だったかなそういうのがこの薬に詰まっているんだって」  美咲は顔を歪ませた。何かまずいことでも言っただろうか。 「ごめん、石目くんって誰だっけ?」  私は思わず手を口に当てた。体中に鳥肌がたち、手のひらは汗ばんでいく。いや、美咲が冗談を言っているだけかもしれない。 「何言ってるの! 冗談はやめてよ。美咲も石目くんのこと、この前話してたじゃない」  落ち着こうと思えば思うほど、声が震える。さっき見た光景がフラッシュバックする。彼の周りには――誰もいなかった。 「ごめん、覚えてないや。この頃、なんか物忘れがひどいんだ」  美咲は遠くを見つめるような目でそう言った。美咲の目の奥はとても冷たそうだ。まるでイロを失った私みたいに。 「……そうなんだ。なんかごめんね」  私はそう言って、美咲から視線を逸らし、彼の席のほうへ向けた。しかし、そこに彼の姿はなかった。    私は彼を探した。いつも自分の席にいるのに珍しくいない。どこに行ったのだろうか。喫煙所、会議室、休憩所とくまなく会社中を探したが、どこにもいない。自分自身を失ってしまうような焦燥感に襲われる。私は肩を落とした。  諦めて戻ろうとしたとき、彼の声が聞こえた。私は彼の声が聞こえるほうへ歩み寄る。どうやら、誰かと話しているようだ。  給湯室と書かれた部屋の前で私は聞き耳を立てる。聞き覚えのある声と共に、不快な感情をもたらした。彼と話しているのは部長だ。二人とも小声で話しているから、何を言っているのかまで聞き取れなかった。が、彼が部長に何か頼まれているという雰囲気だけは伝わってきた。  その日は、結局彼と直接会うことはなかった。
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