幻の店

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その奇妙な店は、一般人の目には映らない。 そこにあるが、そこにない。 時空の狭間に存在するその店は、幻の店である。 だが、営業はしている。 ちゃんと店長もいるし、店員もいる。 いないのはお客だけ。 いつ来るかわからないお客のために、店員達は店中をピカピカ光るくらいに綺麗にしている。 「今日こそはお客さん来るかな?」 カウンターの上を丁寧にふきながら、店員の一人が言う。 「いやいや、まだ来ないんじゃないか?」 「でもそろそろお客さん来てもよくないか?」 「いやいや、まだ早いだろう」 店員達はしゃべりながらも、手を動かすのはやめない。 カラン、とドアベルが鳴った。 店員達は一斉に姿勢を正し、掃除道具をしまいにかかる。 わずかに開けられた扉から見えるのは、手だけ。 店長が奥から出て来て、「いらっしゃいませ」と声をかける。 扉の向こうからは戸惑う気配だけが感じられる。
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