幻の店

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男性はソファーに背を預ける。 「おかしいなぁ。 いつも通っている道なのに、今までこんな店見たことがないよな。 しかも、なんか呼ばれた気がして思わず扉をあけてしまったけれど。 こんなに中、広い場所だったか?」 独り言を呟く。 しばらくすると、コーヒーの芳ばしい薫りが漂ってきた。 燕尾服を着た、先程とは別の店員が、カップが一つ乗った銀のトレーを左の掌にのせ運んでくる。 静かに男性の前のテーブルにコーヒーのカップがおかれる。 「当店自慢のブレンドコーヒーでございます」 「ああ、ありがとう」 男性は礼を言い、さっそくコーヒーカップを手に取り、一口飲む。 芳ばしい薫りとほどよい苦味が口の中に広がる。 「美味い!」 思わず大きな声をだしてしまった。 「それはよろしゅうございました」 店長が手に白いファイルを持って近づいてきた。 「お向かいの席、失礼致します」 店長はにこやかに微笑むと、優雅な動作で一人がけのソファーに座った。 「今最もこの国で人気のある、歌手であり俳優の、冴木 健様でお間違いはないでしょうか?」 「あっ、ああ」 男性はサングラスをはずす。 整った顔立ちに、すっきりとした切れ長の目、高い鼻。 50歳に間もなくなるというのに、シワひとつない肌はつやややかで、男性とは思えぬキメの細かさ。 老若男女問わず、女性からも男性からも人気のアーティスト。
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