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(……何か言った方がいいかな?)
話題を探し始める奈々子に、
「野崎、茜」
藪から棒に、自分の名前を告げる茜。
きょとんと目を丸くすると、彼女は目を逸らした。慎重に言葉を選ぶような間の後、ようやく小さな声を絞り出す。
「……自己紹介、してなかったから……」
「…………」
まるで、咲人と話している気分だ。もう少し紹介の仕方というものがないのだろうか。
それでも、一生懸命コミュニケーションを取ろうとしてくれているのが、嬉しくてたまらなくなって。彼女の手を両手で掴み、相好を崩す。
「榎木奈々子! よろしく、茜!」
「ッ、あ、かね……!?」
「歳同じなんだから、名前でいいでしょ? 短い方が、作戦の時も呼びやすいし」
完全に余裕を失っている茜は、奈々子の理論武装に反論できない。面白いくらい狼狽を顔に出したまま、あたふたと言葉を探した末、
「…………ええ」
彼女は首肯した。首の動きに合わせて、細長く束ねられた黒髪がうねる。
「ありがと! 茜も私のこと、呼び捨てにして! ほら!」
「い、今!?」
「何事も練習でしょ? ほらほら!」
笑顔で詰め寄りながら、自分をからかう時の内海はこういう気分なんだろうな、などと頭の隅で考える奈々子。
そうとは知る由もなく(というより想像する余裕もなく)、先程よりも激しく狼狽した茜は、やがて床を見つめて固まった。かすかに聞こえる吐息は、恐らく深呼吸のものだ。
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