0人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
「いいじゃん別に。次は何の翻訳?」
朱音はみなみの手もとを覗きこむ。
びっちりと印字された英文の下に、手書きの翻訳文。
「ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』」
「うわあ、辛気くっさあ~」
「うっさいな」
みなみは本にしおりをはさむと、かたらわに置いておいた弁当と取りかえる。
朱音は、は~、と感心して見せて、
「将来がハッキリしてるヤツっていいねえ~」
と、口をとがらせた。
***
彼女とは保育園のころからの馴染みだ。
将来の夢は翻訳家だそうで、高校に入ってからは、こうして翻訳作業をしている。
中学から一緒に来たのは、彼女一人だけだ。
***
「それにしても遅かったね」
と、みなみ。
朱音は膝の上であけた弁当から、おかずを一つ選んで口に入れる。
「北村先生の話長くってさ。海外旅行の自慢話とか、いらねえっつの」
「ああ、4限目英語だったんだ。それ、私も聞いた」
「それで、そっちのクラスはもう慣れた?」
「それ本気で言ってる?」
「さあ?」
「別に苦手ってワケじゃないよ。ただ面倒なだけ」
***
彼女は大の人見知りだ。
それは保育園のときから変わらずで、自分から仲よくしようとかは絶対に考えない。
かく言う私も友好関係をきずくのに苦労させられた。
***
――またまたご冗談を。
朱音はその意地を張る姿をせせら笑う。
すると、仏頂面だったみなみに表情が宿る。
「またそうやって、人を小バカにするような態度取って!」
「だって楽しいんだもん」
「言ったなあ!」
ムキになったみなみは、朱音の両肩を鷲づかみにして力いっぱいゆさぶる。
朱音は頭を前後左右にゆすられながら、ケラケラと笑った。
***
でも、一度心を開けば、おもしろい子だと分かる。
私のただ一人の親友だ。
***
――が、これはちょっとマズいぞ?
止まらないゆさぶりに、間もなく顔を青くする朱音。
「うぷっ」
両手で口をおさえると、ギョッとしたみなみが手を放す。
「げっ! ちょ、やめて! 謝るから! お願いだから、吐かないでえ!」
二人の談笑は、周りに迷惑をかけつつも、その後もしばらく続いた。
***
なお、保育園のころからクラスが一緒というのが小さな自慢だったが、高校に入ってついにクラスが分かれてしまい、地味に悲しい。
***
最初のコメントを投稿しよう!