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「ごちそうさま」
と、朱音は空になった弁当箱をもとあったように片づけると、桜の木の間に立てられた時計塔に目をやる。
――もうこんな時間か。
「私、そろそろ行くね」
「もう?」
まだ食べ終わっていないみなみが、朱音を見やる。
「今日日直なんだ。次の授業の準備頼まれちゃっててさ。ごめんね」
「そうなんだ」
すこし寂しげな、みなみ。
「じゃ、またね」
「うん」
朱音はみなみと手をふり合うと、名残惜しい気持ちをおさえて中庭を後にした。
――――
数分後、朱音は一人で職員室の前に立っていた。
――どこ探してもいないんだもんなあ……。ふざけんなよな、高松の野郎。ろくに話したことないけど、あとでぶん殴ってやっかんな!
そんなことを考えながら、職員室の引き戸をノックして、開ける。
「失礼します。1年A組の月城です。西内先生、5時限目の物理の教材を取りに来ました」
「おう、それだ。科学室に持ってっといてくれ」
自分のデスクでカップ麺をすすっていた物理教師が、片手間にテーブルの上を指さす。
教材が山ほど入った大きな段ボール箱。
――げっ。これを私に持てというのか……。
「大丈夫か?」
「へ、平気です」
――なら自分で持ってってくれよ!
朱音はそれを抱えるように持ち上げると、足もとに注意しながら、職員室を出ていった。
「じゃ、よろしく」
「失礼……、しました……」
――くそう、絶対だ。絶対にぶん殴ってやる……!
――――
――重い……。
段ボール箱を抱えて、化学室を目指す朱音。
廊下を進んだ先の角から、珍しくひとりの冬馬が現れた。
――あ、久遠冬馬。……ひとり?
すると、冬馬も朱音の存在に気づく。
目が合い、自然とお互いの足が止まる。
「やあ」
「どうも」
気安い冬馬に対し、すこし他人行儀な朱音。
「…………」
朱音をじっと見つめる冬馬。
「…………」
その視線に耐えかね、目を泳がせる朱音。
――自分から声かけて来といてだんまりかよ! ……気まずい。とっとと科学室行こう。
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