1人が本棚に入れています
本棚に追加
あの時の部下の表情を思い出したN氏の顔に嘲りの笑みが浮かぶ。
「奴め、儂の気が触れたのかとでも言いたげな顔をしておったが、見ろ。あとは復活してみせればよいだけだ」
そんな独り言を口にしていた彼は、水面に映る自分の背後に何者かが接近していることに気づいた。
身構えながら振り返ると、そこにいたのは宣教師Fだった。南蛮のことをあれこれN氏に教えていた人物だ。
安堵の笑みを浮かべながら立ち上がった彼に歩み寄ったFは、何かを囁きかけるように耳元へと顔を近づけた。
その瞬間、N氏の下腹部に激痛が走った。苦悶の表情で相手を突き放すと、どくどくと生温い液体が体内から溢れ始めた。
愕然とした顔で彼はFを見た。その手には血に染まった短刀が握られていた。南蛮の煌びやかな飾りが朝日を受けてきらりと光る。
宣教師は怪しげな笑みを浮かべつつ、ゆっくりと一歩踏み出した。
そのときすでに、N氏は自力で動くことできなくなっていた。Fに軽く肩を押されただけで、彼はこともなく池の中へと落ちていった。
ゆらゆらと沈み行くN氏を冷ややかに見つめながら、宣教師は忌々しげに呟いた。
「神になろうなど、おこがましい。この世に神は一人でいいのです」
焼け落ちた寺の中で働き回る者たちの姿を、M氏はやきもきしながら見つめていた。何も知らない彼らの手前、死体探しを命じたものの、宣言どおりN氏が無事脱出していたのなら見つかるはずもない。だが万が一逃げ遅れていたらどうしようと、彼の心中は穏やかではなかった。
やがてN氏の亡骸がどこにもないとの報告を受け、彼はほっと胸を撫で下ろした。
しかし、すでにN氏が別の場所で命を落としていることも、彼を崇拝するH氏が仇を討つべく急接近していることも、その時のM氏には知る由もなかった。
最初のコメントを投稿しよう!