N氏の野望

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 あの時の部下の表情を思い出したN氏の顔に嘲りの笑みが浮かぶ。 「奴め、儂の気が触れたのかとでも言いたげな顔をしておったが、見ろ。あとは復活してみせればよいだけだ」  そんな独り言を口にしていた彼は、水面に映る自分の背後に何者かが接近していることに気づいた。  身構えながら振り返ると、そこにいたのは宣教師Fだった。南蛮のことをあれこれN氏に教えていた人物だ。  安堵の笑みを浮かべながら立ち上がった彼に歩み寄ったFは、何かを囁きかけるように耳元へと顔を近づけた。  その瞬間、N氏の下腹部に激痛が走った。苦悶の表情で相手を突き放すと、どくどくと生温い液体が体内から溢れ始めた。  愕然とした顔で彼はFを見た。その手には血に染まった短刀が握られていた。南蛮の煌びやかな飾りが朝日を受けてきらりと光る。  宣教師は怪しげな笑みを浮かべつつ、ゆっくりと一歩踏み出した。  そのときすでに、N氏は自力で動くことできなくなっていた。Fに軽く肩を押されただけで、彼はこともなく池の中へと落ちていった。  ゆらゆらと沈み行くN氏を冷ややかに見つめながら、宣教師は忌々しげに呟いた。 「神になろうなど、おこがましい。この世に神は一人でいいのです」    焼け落ちた寺の中で働き回る者たちの姿を、M氏はやきもきしながら見つめていた。何も知らない彼らの手前、死体探しを命じたものの、宣言どおりN氏が無事脱出していたのなら見つかるはずもない。だが万が一逃げ遅れていたらどうしようと、彼の心中は穏やかではなかった。  やがてN氏の亡骸がどこにもないとの報告を受け、彼はほっと胸を撫で下ろした。  しかし、すでにN氏が別の場所で命を落としていることも、彼を崇拝するH氏が仇を討つべく急接近していることも、その時のM氏には知る由もなかった。  
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