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マリアホリック。
その〝病名〟を初めて聞いたとき、どれだけファンタジックな病なんだ、と自分自身の症状を棚に上げて呆れた。
彼女はその後、とつとつとその病の説明をしたが、いかんせん初めての採血の最中だったせいで、あまり覚えていない。
緊張感と安堵。そして慟哭とも言える内圧から解き放たれる開放感。
それらが一気に押し寄せ、途中で気を失ってしまった。
だから今までほとんど意識してこなかった。
たまに思い出すのは、彼女――小野由紀菜、ひいては〝機関〟から受けているこの採血行為が、依存者(アディクト)と呼ばれる、会った事もない誰かのためのものだと鈍く自覚する時だけだった。
日名川岬は、視線を左腕に向けた。
「はい、終わり」
同じ部分に向かって彼女が告げる。
腕関節部分に浮いた血管から、注射針が突き出ている――いや、血管が太い針に貫かれている。針は短いカテーテルにつながり、その先には小さなプラスティックのチューブ。三百ミリリットル用量のそれには、岬の体内から抜かれた液体がたっぷりと入っている。
由紀菜は手慣れた手つきで穿孔部を滅菌ガーゼで覆う。目にもとまらぬ速さで針を抜くと、にこりと笑った。
「今日も七本いただきました。ありがとう、岬くん」
きゅっきゅっ、と二度ガーゼを押さえる。
「最近、自分で瀉血することが多いって言ってたから、ひょっとすると八本いくかなーって思ってたんだけど」
ガーゼが取り去られる。太い針が貫いていた皮膚だが、わずかな穴を残して修復されている。由紀菜はその上に丁寧に絆創膏を張り付けた。
「今日もやった?」
「うん」
岬はソファの端を見ながら頷く。由紀菜が困ったような、憐れむような顔をするのが分かった。
「酷くなってくね、OHGの症状」
彼女は岬の抱える〝病〟を、略称で呼んだ。
「原因……何だろう」
由紀菜は血液チューブをケースに収めると、腕を組んだ。
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