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黒いワイシャツに黒いベスト、黒いパンツ。
そんな出で立ちのおかげで、笹原統也の姿は見事、屋上に落ちた給水タンクの影の中に溶け込んでいた。
だから岬は彼に気づかなかったのだ。おまけに、共にほとばしる血を浴びたというのに、赤色は漆黒の繊維に紛れて知らんふりを決め込んでいる。
一方の岬はと言うと、これはもう無残。夢にも見ない乱入者ともみ合ったおかげで、夏服の白いシャツには見事な前衛芸術が描かれていた。
「悪かったね。これ、使ってくれないかい。ちょっと大きいと思うけれど」
にこやかに黒シャツを差し出す青年を、岬は怪訝な目線で見上げた。
「大丈夫大丈夫。先生たちに何か言われたら『笹原の手伝いをしていたら、制服がホルマリン漬けになった』とでも答えておけばいいよ」
「いや……そういう意味じゃなくて」
頭半分ほど背の高い青年――笹原統也は笑顔のまま、笑みの質を変えた。
「まぁ、何はともあれ。ひとまず着替えてくれないか」
乞うようなまなざしが混じる。
視線を保つのがつらくなり、岬は顔を背けた。押し通されるような気分で、差し出されたシャツを片手で受け取る。
生物準備室はゴタゴタと物が多かった。授業の教材、英語で書かれた専門書、何に使うのかよく分からない器具。
笹原は「俺も着替えておくか」と乱立した本の山を越え、再びロッカーを開けた。うなじで束ねた髪がシャツの襟にこすれている。
笹原統也――岬の通う、県立丹沢高校の生物教師。
一年生から三年生理系コースまで、全ての学年の生物科目を受け持っていて、岬もつい昨日授業を受けたばかりだ。また笹原の方も、岬の名前とクラスをキッチリ覚えていた。
比率の整った長身、端正な顔立ちを個性的に彩る丸眼鏡。朗らかな性格で授業も面白い。ゆえにクラスの中でも人気のある先生だった。特に女子人気はダントツに高い。
後ろ姿をちらりと見た後、岬は背を返して血濡れのシャツを脱いだ。
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