1章

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 渡されたシャツはLサイズ。上背のある笹原には妥当なサイズだろうが、まだ成長期のさなか(と思っている)の岬には明らかに大きい。しかも長袖だ。  体育の無い今日はジャージも持っていない。どうしようもないので与えられた黒シャツに袖を通した。制服とは違う感触の生地に、淡くフルーツのような香りが漂った。  ボタンを全部閉め、裾をズボンに入れる。袖は数回折り曲げ、七分袖くらいの長さにした。 「着替えました」  言いながら振り向くと、 「! 先生、何やってるんですか!」 「ん?」  ワイングラスに唇をつけたまま、笹原がこちらを見た。  ギョッとしている岬など構わず、彼はそのままグラスを傾ける。するり、と中の液体が口元へと進む。  ルビー色のそれは赤ワインだった。そばには横文字のラベルをつけたボトル。半分ほど中身が減っている。 「仕事中でしょう!」  当然の突っ込みを放つ。まだ昼休みだ。いや例え放課後であっても、学校内で教師が飲酒などご法度に決まっている。 「んー、まぁねぇ。でも仕方がないんだよ」  笹原は悪びれる風もなく肩をすくめた。グラスのワインは一息で飲み干されていた。それにも関わらず、酔っている雰囲気は無い。 「むしろワインで済む俺はマシな方なんだ」  ふっ、と岬の頭にうろ覚えの記憶がよみがえった。 『聖蜜(ネクター)は個々別の代替物(ソワフ)で賄える場合がある』――数年前、従兄の紹介で出会った女子高生がそう教えてくれた。 「一日三回、赤ワインを飲むこと。俺にとってこれは、道徳的な訓示よりも社会的な道理よりも深い意義がある」  空のグラスを回す笹原を、岬は見つめた。 「赤ワインが……先生のネクターの代わりだからですか」  笹原は顔を上げた。丸眼鏡の奥の目がまん丸になっている。 「確か、マリアホリック全員が血を飲まなきゃ生きていけない、ってワケじゃなかったはずです」  沈黙。  記憶は曖昧だったが、なぜかこれだけは覚えていた。  彼らを渇きから救うのは血液だけではないという事。そう、彼らは必ずしも吸血鬼ではないという事を。  岬は目を瞬いた。  笹原が探るような目でこちらを見たからだ。
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