3章

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「シャトー……だからフランスの、ボルドー地方。ルージュが赤で、ブランのこっちは白……アペラシオンは作られた場所……」  ラベルを指示しながら、彼が説明してくれた事だ。ワイン選びに使えるから、覚えておいて損は無い、と。  そして決まって最後に『俺は何でも好きだけどね』と笑う。  未成年と何話してるんですか、先生。  ガラスに映る自分の顔が、弱く笑んだ。  今日も飲むんですよね、先生。  あなたの病が一番激しくなる今夜。あなたを唯一慰めるその液体を、あなたはどれだけ欲するんですか?  一本ですか?  二本ですか?  体が壊れてしまいませんか?  僕がこれを一つ差し入れしたら、喜んで受け取ってくれますか。  自嘲に笑みが歪んだ。  奥歯をきしませ、棚に背を返す。そのまま棚にもたれ、目を閉じた。 【笹原統也 Ⅰ型 FMサージ high】  満月を背景に、偽りのネクターに溺れる彼の姿が瞼を流れる。  ――先生。美味しいですか?  ボトルとグラスの代わりに、僕に触れてくれませんか。  その腕に抱いてくれませんか。  ガラスの中身は無くなるけれど、僕の中の血がついえることは無いから。  瞼を開ける。  キッチンの小窓から見える空は、もう、宵闇の気配を浮かべていた。
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