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小柄な少年が、目を丸くしてこちらを見ていた。
「鏡也」
瞬間、ほんの先日の記憶がよみがえってくる。
好きだと発した唇。
それが触れた場所。
意図せずとも岬の頬は紅潮した。
彼もまた、少し顔を赤らめて立っていた。
しかし驚いた雰囲気の方が勝っている。
「誰かと思った……どうしたんだよ? 急に」
戸惑いを浮かべた口調で尋ねる。
岬は鏡也へと駆け寄った。
「先生はいる?」
「兄貴? いや、ここにはいないけど」
「じゃあどこにいるか知ってるか!?」
思わず岬は、鏡也の肩を掴んでいた。
彼はますます驚いた顔で岬を見上げた。
「今日なんだよね、先生の〝あの日〟は。鏡也も知ってるはずだ。先生が一番酷くなるのは満月の日だって!」
鏡也の瞳が色を変えた。が、岬はそれに気づかなかった。
「どれだけ飲む必要があるのか分からないけれど、相当な量なのは確かだよ。体の方が先に壊れるかもしれない!」
「……」
「もう夜になる! 早くつかまえて僕の血を」
「飲まねぇよ」
鏡也はきっぱりと切り捨てた。
「え」
岬は鏡也を見つめなおした。
そしてここでようやく、彼の瞳に冷ややかな光が灯っていることに気づいた。
「兄貴は、血なんか飲まない。機関から送ってくる血は、兄貴の分も全部俺が飲んでる」
「……は?」
「それが兄貴のポリシーなんだよ。自分自身へのバカらしい懺悔だ」
鏡也の肩から両手が滑り落ちる。
「……懺悔?」
「そう。償いのために兄貴は血を飲まない。満月の日だって、ワイン何本飲んでるのか知らないけど、ふらふらになって帰ってくる」
鏡也は息をついた。
「それが兄貴の望みなんだ。だから好きなだけワインに溺れさせてやっていいんだ。たかが自己満足の自己嫌悪なんだから、勝手にやらせてりゃいいんだよ」
そして、岬から顔を逸らした。これ以上話すことは無い、と言うように。
しかし岬は食い下がった。
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