3章

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「懺悔って、何の。先生に何があったの」  そっぽを向いたままの鏡也へ詰め寄る。 「鏡也は知ってるんだろ」 「知ってる」 「じゃあ」 「教えたら、兄貴を嫌うか?」  岬は息をのんだ。 「嫌うって……」  教えても嫌わないか、ではなく、教えたら嫌うか。  ネガティブなベクトルの願いがその一言に織り込まれている。  薄い表情が、こちらを向いた。 「兄貴はな、俺に噛みついて血を吸ったんだ」 「はっ?」 「俺が小五、兄貴が大学二年の時。兄貴は俺の首に噛みついて、思いっきり血を吸ったんだ」  鏡也の手が、己の首筋に伸びる。  細い首筋にかかるやわらかな髪を、サラリと後ろへ流した。  岬は目を見張った。  首の後ろの方。小さく丸い傷跡が縦に二つ、赤黒い痕跡となって刻まれていた。  並んだ二つの点。  それはまるで、吸血鬼が立てた牙の痕のようだった。 「か、噛みついたって……」 「兄貴には牙があるんだ。自分の意志で出し入れできる便利な牙さ」  解放された髪が、さらっ、と首筋を覆う。傷跡も隠れ、見えなくなる。 「あの満月の晩――家には俺と兄貴の二人だった。よく分からないうちに俺は兄貴に捕まって、噛まれて、血を吸われて、そして気絶した。目が覚めたら機関の病院だった」  ザワリと胸が不穏に鳴く。 「兄貴も、まさか俺が倒れるまで吸うつもりは無かっただろ。でも」 「子供の血は元々の量が少ない」  つぶやくように言い添えた。鏡也が一瞬、目を瞬く。 「そうだ。結果的に兄貴は吸いすぎた。俺を殺しかけたんだ。その過去を兄貴はずっと引きずってる。俺はその後マリアホリックについて知らされて、兄貴の吸血の意味も理解した。弟に手を出す羽目になったのも、きっとどうしようもない事情があったからだ、って事も」  ぐっと眉を顰める。 「正直バカらしいだろ。俺が気にすんなよ、って言っても兄貴は全然だ。不可抗力だったってのにもう何年も引きずってる。償いだのなんだのって自分自身を縛り付けて、それで俺が喜ぶと思ってんのか? バカ言え。あいつは自分の嘆かわしい過去と運命に酔いたいだけなんだよ!」  喚きが、リビングに響き渡った。
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