3章

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「きっ、鏡也っ!」  押し倒された格好のまま、岬は眼前の少年に抗議した。  彼は悔しげに顔をしかめ、岬をにらんだ。 「兄貴の事、好きなんだろ」 「え」 「分かってる。さっきの顔見れば、お前が兄貴の事好きなんだって丸わかりだ!」  瞬間、半開きの唇がふさがれた。 「っ! ん!」  乱暴に唇同士がこすれ合う。先日とは全く違う感触。唾液が混じり合い、音を立てる。全身が燃えるように熱くなった。 「ぁっ……はぁ……はぁ」  唇が解放され、喘ぎがこぼれる。仰ぎ見る鏡也もまた、肩を上下させていた。  彼の体が再び沈む。 「ッ」  岬は身をよじった。鏡也は岬の首筋に顔をうずめた。彼の髪と、荒い息が耳のそばを撫でた。  あの時の期待と鼓動がよみがえってくる。  その記憶の中の相手の――弟の唇が首筋に触れた。 「ふぁっ!」  それだけでビクンと体が跳ねた。  噛まれる。そこから血を飲まれる。  初めての場所を拓かれる事への怯えが、鼓動を加速させた。  歯が皮膚をこする。舌が熱い温度でまさぐる。  ――が、そこまでだった。  痛みも、衝撃も、何もなかった。 「……?」  岬はうっすらと目を開いた。 「……クソっ」  小さく悪態をつきながら、鏡也がゆっくりと身を起こした。 「何で俺には……牙が無いんだよ」  悔し気な視線を横に流しながら、そう呟いた。  そうだ、彼に牙は無い。いつもフルーツナイフで血管を裂き、そこに唇を這わせていた。 「こういう吸血も、兄貴に譲れって……言われてんのか?」  己の病を心底呪うように、彼の声は震えていた。  岬はこの隙を突こうとした。  しかし、起こしかけた体は再びソファに押し付けられた。
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