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鏡也が自分の腰へと手を伸ばす。
何を、と思ったら、彼はポケットから細長い物を取り出した。
「な……何でカッターなんか」
「不法侵入者かと思ったからだよ」
薄く、不純な笑みを浮かべた。
「侵入したのは事実だな、岬」
チキチキチキ、と聞き慣れた音。銀色の刃が姿を現す。
すっ、と鏡也の表情が消える。
「お前を兄貴に渡したくない」
首筋に鋭い衝撃が走った。
「っ!」
血液が解放される。
カシャン、とカッターナイフがフローリングに跳ねる。自らの血液が床に散ったのを、岬は見ずとも察した。
鏡也の体が深く覆いかぶさる。次の瞬間、信じられないほど強烈な刺激が首筋から走り抜けた。
「あっ、ああああっ!」
体が跳ねる。叫びに近い喘ぎが口を突いた。
首筋から血を吸われている。その刺激は紛れもない快感だった。腕から吸われる時とは比べ物にならないほど近く、激しい。
ズボンの中で、自分のモノが張り詰めるのが分かった。襲い来る快感と羞恥心が頭をめちゃくちゃにした。
「やっ、やめ……ああっ、ん! 鏡也っ。きょうやぁっ!」
振り上げかけた岬の腕を、鏡也は掴んで押し付ける。華奢な体にこんなにも力があるのか、と思うほど強く。そして振りほどこうにも、もう体に力が入らなかった。
このまま、ここで終わりなんだろうか。
解決策も何もないまま、彼らの懺悔と衝動に飲まれるまま終わってしまうんだろうか。
それでいいんだろうか。
鏡也だって、本当はこんな風にしたいわけじゃない。きっとそうなのに……
記憶が、霞がかる意識の上を流れていく。
……僕は何のために血を吸われるんだろう。
彼は何のために血を吸うんだろう。
彼は何のために血を拒むんだろう。
僕らは誰のために思いを振りかざすんだろう。
みんな、みんなが好きなだけなのに。
愛しているだけなのに。
あぁ……そうだよ……。みんな、幸せになりたいだけなんだ。
すっ、と体から力が抜けた。
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