1章

10/41
前へ
/192ページ
次へ
 弟――笹原鏡也の聖蜜提供契約者(マリア)になってほしい。  そう笹原統也は乞うた。 「ん? じゃあ〝彼〟自身は違うの?」  岬は首を振った。由紀菜はすぐさまピンときたようで、 「そうか、彼はネクターをソワフで賄えるから必要ないのね」 「……じゃないとただの飲酒教師だよ」  由紀菜は苦笑した  聖蜜(ネクター)。マリアホリックのアディクト達が命を以って渇望する物質。  枯渇すると精神的、肉体的離脱――いわゆる禁断症状を発し、その程度は個体差によるが、行きつく場所は狂乱的な飢餓状態。そして供給を断ち続けた場合、すべての個体が死に至る。  摂取したネクターがどういった代謝経路を経て生命の絶叫を沈めるのか、どんな二次的・三次的遺伝子が働いているのかは、まるで判明していない。ファンタジックな闇に覆われた奇病。中世の昔より、幻想物語の各所で取り上げられてきたこの病は、世界にいくばくか、しかし確実に存在する血脈によって受け継がれてきた。  分かっていることは少ない。その少ない事柄の一つに、彼らの生命線であるネクターの定義と、その代替物の例示がある。 「ネクターはヒト由来の〝命ある産物〟。生の気配をまとう生成物のことね」  説明を続ける由紀菜。 「その代表が血液。体内をめぐる血潮は命の液体だと言っても過言じゃないわ。成人男性の場合全血液量は約五リットルで、うち約一リットルを失血すると生命維持が危ぶまれる状態になる。……岬くんは別だけど」 「やかん一杯抜かれても生き延びる自身あるよ」 「それでお茶でも作るつもり? 私は勘弁」  冗談だって分かってるけど、と由紀菜はひらひら手を振る。 「血、以外のネクターはあるの?」 「うん」  と、由紀菜が不意に思案顔になる。
/192ページ

最初のコメントを投稿しよう!

79人が本棚に入れています
本棚に追加