3章

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 視線が落ちたコンクリートに、自分の影ができている。  その周りを、淡い光が包んでいる。  岬はゆっくりと身を起こした。  ……あぁ……満月だ。  展開した快晴の夜空。雲一つない夜空。  確かな闇を抱いたそこに、たった一つ。澄み切るほどに明るい月が浮かんでいた。  綺麗な満月だった。  ざっ、と何かが動く気配がする。岬はそちらを振り向いた。  ミサキクン。  夜の空気はそう震えた気がした。  見つけた。  視線の先に佇む影へ、岬はゆっくりと歩み始めた。  月光の領域にあるのは岬だった。彼の姿は逆光に落ち、表情は窺えない。だが、明らかに狼狽えている様子だった。 「……日名川……君」  耳慣れた呼び名。岬は首を振りたかった。そう呼ばないで。名前を呼んで。もう、そうだった時の関係には戻りたくない。  戻れない。  たとえ進む先が拒絶だったとしても。この心が叫ぶ未来を信じながら、そして思いを願いながら、始まりの場所へと立つだけだ。  岬は足を止めた。ちょうどこの前、生物準備室の前で立ちはだかった間合いと同じだけの距離を残し、彼と向かい合った。  黒衣の青年。  逆光に塗られていた表情は、ここまで近づけばちゃんと見えた。驚愕、戸惑い、そしてわずかな――躊躇。  彼の足元には何本もの瓶が置かれていた。空になり、転がっているのは二本。開栓された三本目は半分ほど残り、傍らのグラスにその中身が注がれている。  月光を溶かした赤ワインは、さながら本当の血液のように見えた。  岬は偽りのネクターから、目前の青年へと視線を戻した。
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