3章

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「どうして……何でここが」 「鏡也に聞いたんです」  彼は目を見張った。 「教えてくれました。先生の事を散々バカだって言いながら」  岬は淡く微笑んだ。それにますます、彼の表情が驚愕をまとう。 「……聞いたのか、俺の事」  頷く。 「先生がどんなアディクトなのか、何で血を拒み続けるのか――全部知りました。知った上で僕はここに来たし、ここで何をしたいかも分かりました」  岬は強い口調で告げた。笹原は沈黙し、なぜか、ちらりと足元に視線を向けた。 「先生」 「やめた方がいい」  言葉を遮られる。 「俺がどんな奴なのか、何をしたのか知ったのなら……ますます近づくべきじゃない。こんな愚か者に与えられていいモノなんて、何もないんだ。鏡也の方がずっと純粋で素直で、キミの事が――」  彼は口を閉ざした。自分の口から言うべきではない、と言うように。  だが、岬はもう知っている。笹原鏡也がどれだけ純粋で素直で、彼が思っている以上に大人なのかも。  そして日名川岬の事が好きだという事も。  笹原統也という兄を慕っている事も。  岬は息をついた。 「先生は、どれだけ鏡也を一人にするつもりなんですか?」  笹原が顔を上げる。 「鏡也はとっくに先生を許してる。先生がしたのはひどい事だっていうのは確かです。でも鏡也はその上で先生をバカだって言ってる。思いを込めてバカだって言ってるんです。それなのに――先生は許されることをただ拒んで。何年も何年も。そんなの、鏡也を置いてけぼりにしてるのと一緒じゃないですか」  岬は笹原を見つめた。半ば睨むように。 「僕を鏡也のマリアにした理由も、言ってしまえば心配半分、罪滅ぼし半分だったんでしょう? 報いるための行為は許されたがってる証拠だ。それなのに、いざ許されるタイミングになればあなたはそれを拒む。必要のない戒めに今夜も囚われている。矛盾してる。こんなイビツな循環で、いったい何を守ってるつもりなんですか?」  岬は一歩詰め寄った。笹原は身じろがなかった。  瞬きをなくした緑色の瞳へ、岬は告げた。 「今のあなたは、意味のない罪人だ」  ピクッ、と彼の肩が動く。
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