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岬は一瞬で理解した。
「先生!」
顔を跳ね上げ、笹原を見る。
彼は観念したように苦笑していた。
「自分の……血を……」
「そうだよ。これもまた愚かだって言われるんだろうね」
自嘲の言葉がこぼれた。
「Ⅰ型とはいえ、俺も紛れもないマリアホリックのアディクトだ。普段は赤ワインで抑えられても、この満月の日だけは、本物のネクターを飲まないと乗り切れない」
「だからって、自分の血なんて!」
「これが一番、無害な選択だったんだよ」
岬は揺れる視線で彼の左手首を見た。
「ヒトは……成人男性なら全血液量の五分の一、つまり一リットルほど失血しても死には至らない。飲むのはグラス一杯で十分だ。俺は死なないし、無くなった血液も数日で回復する」
そしてまた、次の満月に手首を切る。
「痛く……無いんですか?」
「それは痛いよ。出血に関しては、俺は一般人も同然だからね」
岬の素性を知っているがゆえの答えだ。
OHGの患者は、定期的な〝血抜き〟のために、ある種の痛覚への緩衝機構を持っている。
彼にはそれがない。無いのに……彼は今日も血を流している。
もう、これきりだ。
岬は笹原の腕を取った。とっさの攻撃に彼は身じろいだ。
まくり上げられた黒いシャツ。のぞく手首には一直線の裂け目が走り、そこから液体が流れ出ている。足元のグラスに入っているのは、彼自身の血液だったのだ。
岬は彼の傷口に口づけた。
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