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血液を散らす左手が頬に触れる。
体を支えていた右手が、ぐっと背中に回される。
胸が押しつぶされ、顔をもたげられ、そして――
唇がふさがれた。
彼の唇で、強く、強くふさがれた。
岬は引き込まれるように目を閉じた。両腕が、自然に笹原の背に回る。無条件の心地よさが感覚全てを包み込んだ。
「……」
一度、感触が静かに離れる。
ぼんやりと目を開けかけた刹那、再び唇が奪われる。
「――ッ!」
その痺れは足元まで突き抜けた。
「んっ……ん……!」
ギュッと笹原の服をつかむと、ますます強く抱きしめられた。
唇を開いて入ってきた笹原の舌。岬の舌にからみつき、撫でまわす。その感触は生まれて初めてのものだった。
とろけるような感覚。羞恥と、超越的な心地よさに、今にも腰が砕けそうだった。唇が触れ合っては、離れる。しかし彼の舌は執拗に岬をなぶる。唾液のはじける音が夜風の中に響く。
何の味かと聞かれれば、血の味だった。
それを含め、ただただ甘かった。
幾ばかりそうしていただろうか。ゆっくりと、笹原は岬の唇と舌を開放した。
目を開き、ほんの少しの躊躇を越え、彼を見上げた。自分の目が潤んでいることも分かった。
丸眼鏡の奥。緑色の瞳。
その主が静かに告げた。
「キミの事が好きだった」
岬は頷いた。
「誰よりも早く、キミの事が好きになった。キミとこうしたかった。あの日に戻れるならと――ずっとずっと願っていた」
ぎゅっ、と抱きしめられる。
「抱きしめればよかった。噛みつけばよかった。もっと早く自分に正直になればよかった。最初に逆方向に走り出したのは俺自身だっていうのに」
笹原がため息をつく。
「実験室でキミを拒んだ時に、決意したはずだったんだけれどな……。もう愛想をつかされたはずだから、これ以上後悔するのは止めようって。でも俺は自分が思った以上に愚かだったよ。正直に言うと、俺は鏡也に妬いていた。俺がそうさせてるはずなのに、自分自身が仕向けたっていうのに……鏡也の、キミへの感情と立場に妬いていたんだ」
きしん、と心が訴える。
そうだ、言わなきゃいけない。
「……先生、それなら僕の方も相当愚か者です」
笹原の胸から顔を離す。きつい抱擁が緩み、笹原もまっすぐ岬を見下ろした。
岬は心の促すまま微笑んだ。
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