1章

13/41
前へ
/192ページ
次へ
 岬はソファから立ち上がった。 「本気なの、由紀菜さん」 「冗談に聞こえた?」 「冗談だとしか思えない」 「あら、何でよ」  心外そうに目を丸くされる。それに岬は気圧された。 「だって、僕が誰かの提供者……マリアになったら、こんな風に機関の方に血を分けられなくなるじゃない。提供者がいなくなったら由紀菜さんも困るんじゃないの」 「ああ、それを心配してたのね」  由紀菜はポンと手を打った。 「大丈夫よ。むしろもっと頻繁に抜いてもいいくらいだわ」 「もっと頻繁に?」 「そう。最近、自分で瀉血する回数が多くなってるでしょ」  ギクリとする。 「図星ね。岬くん自身が言ってたじゃない。最近、酷くなってるって。多かれ少なかれ、ほとんど毎日〝血抜き〟しないと不安だって」  岬は唇を噛んだ。  内側からの圧力――心臓を掻き立てる血液の怒号。過剰生成された血液が血管を張り裂かんばかりの勢いで巡る、全身をかき乱されるような感覚。  以前はもっと穏やかだった。いや、穏やかなんて言葉は似合わない。マシだった。毎日手首を切りつけては、噴出する血液を見つめるなんて、前は……そうだ、噴水みたいに噴き出すなんて事も稀だったのに。  今では張り裂けて死ぬかもしれないという恐怖が常に存在する。隣り合わせの場所で、己の非現実的な末路が哄笑を上げながら待ち構えている。 「週一で通って七本抜かせてもらってるけど……ホントは少しずつ、こまめに抜いたほうがいいのよね。高血圧状態が続くのはつらいだろうし、溜めて一気に抜くと、急性貧血を起こす可能性があるから」  一時的な失血状態を避けるために、血圧に応じて採血の上限量は決められている。今の七本は上限に近い。 「……前は五本だったよね」  ローテーブルの保冷バッグを見る。頷く由紀菜。 「採らせてもらうようになってから、だいたいいつも五本だったわ。これも多い方よ」  従兄の浩輔はいつか「俺は四本いくかな」と言っていた。五本と言われた時もあったような気がする。 「ねぇ岬くん」  呼ばれ、顔を上げる。 「症状がこんなに酷くなったのはいつから? 覚えてる?」  少し視線を宙に泳がせた後、頷く。 「今年の四月くらい、だと思う」 「高校に入学した頃ね」  由紀菜は確信を得た顔をした。
/192ページ

最初のコメントを投稿しよう!

79人が本棚に入れています
本棚に追加