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「由紀菜さん、笹原先生だから」
「え? ああ、ゴメンね」
覚えた覚えた。と頬をかかれる。
「要は笹原先生の遺伝子と、岬くんの遺伝子とが、こう……傍にいてキュッとなってるのね」
両掌を上に持ち上げる。共鳴し合って高まっている、という意味だろう。
「笹原先生自身も、最近お酒の量が増えてたんじゃないかな」
そのまま腕組みして顎に手を当てる。
「岬くんと同じように、笹原先生も共鳴者(OHG)の存在のせいで、ある程度は症状が強くなってたはずよ。よく今まで我慢できてたわね」
彼はネクターへの渇望を、一日三度の赤ワインによって抑え込んでいる。軽度のマリアホリックなら、ソワフと呼ばれる十人十色の嗜好品を摂ることで抑制できるのだ。
「屋上でワインかー。丹沢高校の屋上も、ぶちまけられるなら血よりワインの方が気分いいわよね」
「由紀菜さん」
「あはは。そうだ、その時ワイングラスに取られた血ってどうなったの?」
「試験官に入れられたよ。もらっていいか、って一応聞かれた」
「飲まなかったんだ。えらいなー」
感心する所? と思ったが、専門家の彼女が言うことだ。アディクトにとってネクターとは、そのくらい魅惑的な物質なのだろう。
それこそ、蜜のように。
彼はその蜜を我慢できる。自制できる。だから〝相手〟は笹原ではない。彼とは単に、遺伝子同士が惹き合っただけだ。
岬は頭を振り、あの妙な妄想を脳裏から完全にたたき出した。
「マリアになって、って言われたのは先生の弟なのよね。名前何だっけ」
「鏡也。笹原鏡也」
詳しく聞く前に午後の授業を告げるチャイムが鳴ってしまった。
短い時間に聞けたことは、彼の弟であるということ、機関から血液の提供を受けているが、時折禁断症状を発症すること、ソワフはまだ見つかっていないこと、それから名前はカガミナリと書いてキョウヤ、という蛇足的にして重要な事だった。
「笹原鏡也くんねー。例にもれず男の子ね」
由紀菜は手帳を取り出すと、サラサラと名前をメモした。
「どんなアディクトか分かるの?」
「まーね。今までバイトの身だったけど、今年からめでたく正社員ですからね。アディクトのデータへのアクセス権も広がるわけ」
パタンと手帳を閉じる。
「でも岬くんには教えない」
「えっ、何で」
「なってほしいからよ、笹原鏡也くんのマリアに」
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