1章

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 ガラスの内側で赤ワインが揺れる。血液よりもうんと薄い赤。渇きを一時癒すだけの、かりそめのネクター。  ……それであなたは幸せなんですか? 「日名川君」  はっ、と岬は我に返った。 「答え……もらえるかな?」  笹原は優しく問うた。至極優しい顔で、ほんの少しあきらめの混じった顔で。  瞬間、切なさがあふれかえった。  岬は思わず顔を逸らした。それをノーのサインと取ったのだろう、笹原の唇からため息が漏れた。  違う。 「やります」 「えっ」 「引き受けます」  早口で告げた。持ってきた言葉は、最初からこれだった。  笹原は信じられないと言いたげな顔で岬を見つめた。 「日名川君」 「やりますよ。弟さんのマリア。本気です。その方が僕も手首を切ったりしなくて済むし、機関もそっちの方が都合がいいみたいだし」  目を逸らしたまま一気に言った。  ガタン、と音が立つ。  目を向けると、笹原は椅子を蹴って立ち上がっていた。  瞳はまっすぐに、岬を見つめていた。  この時初めて岬は、彼の瞳が深い緑色をしていることに気がついた。 「本当に、やってくれるのかい」  痛いくらいにまっすぐな視線を受けながら、岬は小さく頷いた。  笹原の頬に、みるみるうちに安堵が広がった。 「……よかった。断られるのも覚悟していたんだ」  すとん、と椅子に戻る……と思いきや、蹴られた椅子はあらぬところへ転がっていて、 「うわっ」  彼は思いっきり尻もちをついた。 「いてて……」  ずれた丸眼鏡に、情けなく床に崩れた姿勢。岬は思わず吹き出してしまった。 「大丈夫ですか」 「はは……、安心しすぎたかな」  身を起こしながら彼も苦笑いする。  緊張が綿菓子のようにほどけていった。 「しっかりしてくださいよ」  岬は椅子を立ち、手を貸そうとした。 「大丈夫」  彼がわずかに身を引いたのが分かった。触れるなと言っているように。  ――気のせい?  わずかな違和感が湧く。が、それも一瞬だった。  引っ込めた腕が何かにぶつかった。 「あっ! ごめんなさい!」
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