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ガラスの内側で赤ワインが揺れる。血液よりもうんと薄い赤。渇きを一時癒すだけの、かりそめのネクター。
……それであなたは幸せなんですか?
「日名川君」
はっ、と岬は我に返った。
「答え……もらえるかな?」
笹原は優しく問うた。至極優しい顔で、ほんの少しあきらめの混じった顔で。
瞬間、切なさがあふれかえった。
岬は思わず顔を逸らした。それをノーのサインと取ったのだろう、笹原の唇からため息が漏れた。
違う。
「やります」
「えっ」
「引き受けます」
早口で告げた。持ってきた言葉は、最初からこれだった。
笹原は信じられないと言いたげな顔で岬を見つめた。
「日名川君」
「やりますよ。弟さんのマリア。本気です。その方が僕も手首を切ったりしなくて済むし、機関もそっちの方が都合がいいみたいだし」
目を逸らしたまま一気に言った。
ガタン、と音が立つ。
目を向けると、笹原は椅子を蹴って立ち上がっていた。
瞳はまっすぐに、岬を見つめていた。
この時初めて岬は、彼の瞳が深い緑色をしていることに気がついた。
「本当に、やってくれるのかい」
痛いくらいにまっすぐな視線を受けながら、岬は小さく頷いた。
笹原の頬に、みるみるうちに安堵が広がった。
「……よかった。断られるのも覚悟していたんだ」
すとん、と椅子に戻る……と思いきや、蹴られた椅子はあらぬところへ転がっていて、
「うわっ」
彼は思いっきり尻もちをついた。
「いてて……」
ずれた丸眼鏡に、情けなく床に崩れた姿勢。岬は思わず吹き出してしまった。
「大丈夫ですか」
「はは……、安心しすぎたかな」
身を起こしながら彼も苦笑いする。
緊張が綿菓子のようにほどけていった。
「しっかりしてくださいよ」
岬は椅子を立ち、手を貸そうとした。
「大丈夫」
彼がわずかに身を引いたのが分かった。触れるなと言っているように。
――気のせい?
わずかな違和感が湧く。が、それも一瞬だった。
引っ込めた腕が何かにぶつかった。
「あっ! ごめんなさい!」
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