1章

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 ガシャン、と音が立つと同時、倒れたグラスが赤ワインをまき散らした。よける間もなく、制服のシャツが見事に受け止める。 「ああ……」  このシャツも災難だ。この間より幾分薄いものの、袖の部分にくっきり赤の迷彩模様が浮かんでいる。岬は落胆のため息をついた。  笹原が立ち上がり、倒れたグラスを起こす。 「ああ、見事にかぶったね。白いシャツって言うのは、これだから厄介なんだよ」 「もしかして先生、いつも黒い恰好なのって」 「うん。いつ何時、赤ワインをこぼしても授業に行けるように構えているんだ」 「……今度からコップで飲んでくれませんか?」 「ワインをコップで? そんな、ロマンのかけらも無いことを言わないでくれよ」  苦笑して抗議される。ロマンも何も、散らかり放題の部屋で飲むにはコップの方がうんとふさわしいのでは。そう思ったが、言うのは止める。どうせなら片付いた部屋でワイングラスの組み合わせにしてほしい。 「参ったなぁ。今日は替えのシャツを持って来ていないんだ」 「あ、それなんですけど」  ん、と笹原がロッカーから視線を戻す。 「その。また……借りてもいいですか」  岬は携えていた小さな紙袋から黒いシャツを取り出した。この間――先週末に借りた笹原のシャツだ。洗濯し、一応アイロンもかけてある。 「ああ、あの時の。持って来てくれたのか」  頷く。 「違う服で帰ってきて、親御さんもビックリしただろう?」  今度は首を振る。笹原が意外そうに首をかしげる。 「ウチ、両親はだいたい深夜に帰ってくるんです。だから見つかる前に洗濯しました」  乾燥機にかけて、アイロンまでかけたのも自分だ。一応、そのくらいはできる。  笹原はシャツを取ると、なかなかピシッとアイロンがかかったシャツをシゲシゲと眺めた。 「へぇ……日名川君も家事ができるんだね」 「このくらい誰でもできますよ」  それに洗濯糊は使っていない。洗濯レベルは元のシャツの方がうんと上だ。 「俺は何でも鏡也に任せっぱなしだからな。少しは見習わないと」  どきりと心臓が反応する。 〝鏡也〟  どんな人なんだろう。
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