1章

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 血球血漿過生成(オーバーヘマトジェネシス)。  その、不治かつ大多数の人間に不知である奇病に、日名川岬は冒されていた。  和名の字面の通り、血液の成分である血球および血漿が常識を超えて生成される代謝異常だ。原因は遺伝子。放っておくと、ご想像の通り内圧キャパシティを超えた血管が破裂し、全身溢血で死に至る。何かの拍子に皮膚まで裂ければ人間噴水の出来上がりだ。  代謝異常の二次症状として、傷の治りが異常に早いという点もある。  これは瀉血――自ら血管を裂き、過生成される血液を排出する事こそ唯一の救済措置だと、病自ら提言しているようなものだった。  こちらも相当にファンタジックだ。岬はうなだれたまま左手首を眺めた。  オーバーヘマトジェネシス――OHG。改めて思えば、茶目っ気も洒落っ気も何もない名だ。 〝マリアホリックの救世主〟。  耳の奥で、どこか甘い調べのテノールが響く。はっ、と岬は顔を上げた。  見慣れた自分の家のリビング。ローテーブルの上の採血キット。七本の血液入りチューブを収めた保冷ケース。  テーブルの横に立った由紀菜が、じっとこちらを見つめていた。  怪訝そうだった彼女の顔が、目が合った瞬間探るように変わり、そして何かを得たように大きく瞼が動いた。
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