1章

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「もしかして……接触された?」  岬は「え」と身じろいだ。 「接触って」 「アディクトに会った。そうでしょ岬くん」  岬がはいもいいえも言わないうちに、由紀菜は「見事言い当てたり」と言わんばかりにニヤリと笑んだ。 「そして〝彼〟に血を抜かれたのね」  てきぱきと採血キットの片づけにかかる。 「彼って」 「決まってるでしょ? マリアホリックの発症者よ。あ、もしかして忘れちゃった?説明したのは相当昔だったわね」 「そうじゃなくて。何で男だってことまで分かったの」 「だってマリアホリックは伴性遺伝。エックス染色体劣性遺伝病だもの。アディクトはほぼ百パーセント男性よ」  当然のごとく彼女は言う。 「今高校一年でしょ。メンデル遺伝、もう習った?」 「……まぁ」 「なら理解できるわね。ヒトの染色体は二対ずつになってるでしょ? うち遺伝子が片方の染色体にしかなくても発現――表に出てくるのが優性の形質。一方劣性形質は、遺伝子が両方の染色体にそろわないと発現しない。マリアホリックは劣性なんだけど、その遺伝子がエックス染色体上にあるって所がミソよ」  ノートを取りたくなってくる。 「性染色体において、男性はエックス・ワイ。女性はエックス・エックス――これはもう一般常識ね。女性の場合、二本のエックスの片方に劣性遺伝病の遺伝子があっても、もう一つのエックスに隠れて発現しない。半面男性はエックスを一本しか持たないでしょ? 劣性遺伝子は逃げも隠れもできずに表に出てしまうわけ」  どう? と由紀菜が首をかしげる。さすが理学部生物学科卒。七歳も年上には見えない彼女へ、岬は「かろうじて」と控えめに頷いた。 「じゃあ女性のアディクトはいないってこと?」 「そうとは言えないわね。遺伝子を持ったエックスが二本そろえば女性だって発症するから。だから〝ほぼ百パーセント〟って言ったでしょ。現に機関の登録者にも二人いるわよ」  なるほど、と岬は頷く。 「もっとも、マリアホリックに関して、これ以外に分かってることはあんまりないけどね」  由紀菜は両腕を肩に上げた。 「だからこうして、OHGのキミから血液をもらってるってわけよ」  クスッと笑うと、彼女は血液チューブを収めたケースをつついた。 「でもね、マリアホリックとキミたちはウィンウィンの関係なのよ」
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