傷あと

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とても、寒い日のことだった。 部屋に満ちた冷気。この部屋の中で唯一、時を刻める時計。 その全てから目を背けるかのようにして、窓の外へ目を向けていた。 広がる灰色。ふわふわと舞う雪。 そういえば、あの日もこんなだったな。ガラスに映る部屋の中をみて、忘れていた何かがチラリと頭をよぎった。 たくさんの顔と笑い声。こびりついて離れない耳鳴り。増えていく腕の傷、イヤホンで塞いだ耳。閉ざした扉。 ひとつ。ひとつ。まるで雪のように冷たく心に降り積もり、そして冷えと痛みを代償に溶けては消えていく。 あの頃はあの頃であって、今ではないのに。こうして痛みは繰り返されてしまう。 唯一与えられた忘れるという慰めでしか、その痛みを誤魔化すことができない。だから、私はまた忘れる。何度も。何度も。何度だって。 そうして、過去に愛想つかされようとも。 ぼーっとしているうちに、じわりと外が明るくなり始めた。 今日はほんとによくあの日に似ているな。 逃げ出した日に見たときと同じ窓の向こうの気色。薄赤に染まる白銀が眩しいくらいきらきらしてる。 不意に涙が零れ落ちた。 チラついた記憶。未だガラスに反射して消えない残像。 首を吊った私の姿。 涙が止まることなく溢れ出る。 もう誰も私のことを虐めないだろう。 もう誰も私のことを嘲らないだろう。 もう誰も私に気づいてくれないだろう。 もう誰も、私の涙を拭ってくれないだろう。 とても、寒い日のことだった。 部屋に満ちた静寂。私を置いて進む時計の針。 その全てから目を背けるかのようにして、また窓の外へ目を向けていた。
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