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あのとき、彼は寂しそうに笑った。
「仕方がねえな」
そう言ってため息をついた彼を、私はどうやって慰めたらいいのかわからなかった。
初めて私たちがその一線を越えたとき、少なからず彼の中には、夢への諦めと、諦めきれないやりきれなさを晴らす手段として、そういうことを私にしてしまった後悔とが入り混じっていたのだろう。彼は、何ともいえない切ない目をしていた。
でも、私はそれでもよかった。彼の気持ちが、私を抱くことで少しでも晴れるなら、私は何度でもこの身を投げ出そう。そう思っていた。
夢を諦めなければならない彼を慰められるのならば、私はどんなことでもしただろう。
高校を卒業した後、彼はとなりの市にある企業へ就職した。S町の実家から列車で通い、そのうち車の免許を取得して車通勤するようになった。
私は地元にある不動産屋へ事務として就職した。日曜日ごとに会い、町境付近にあるラブホテルに行き、身体を重ねた。彼の抱き方は、若さを丸出しにした荒々しい抱き方だったが、何となく寂しさを含んでいるような、刹那的な抱き方でもあった。
私たちは、空を見上げなくなった。外で会うことがめっきり減った。ときどき食事をすることもあったが、話す内容といえばお互いの仕事のことがほとんどだった。
相変わらず彼の父親は飲んだくれており、母親がせっせと夫の酒代を稼いでいるような有様だった。兄は都会へ出たままろくに帰らず、彼の家はバラバラだった。
それでも彼は移らずに自宅から一時間以上もかけて通勤していた。母親を思ってのことだった。
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