プロローグ

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 そのとき、私は笑っていた。  窓辺に活けたチューリップの花束が、差し込む陽射しに愛らしく輝いていた。赤、黄、白の三色のコントラストが午後の高い所から降り注ぐ太陽の光に笑っている。  私は高校時代の友人・房子とお喋りに夢中だった。旅行でロンドンに行っていた彼女がくれた高価な紅茶。アールグレイの香りに癒されながら、買ってきたアップルパイを一緒に食べる。話し上手な房子の土産話に、飽きることはない。  仕事は遅番だった。三時までに出社すればいい。午後のひとときの、お煎餅をかじりながらテレビを見ている普段とは違う、ちょっぴり優雅な気分を味わっていた。私は満足し、朗らかに笑っていたのだ。  レースのカーテンが風に揺らぎ、心地よい音楽でも奏でるように、窓の外では小鳥たちがさえずっている。  足元にまとわりついてきたゴールデンレトリーバーのジャックが、パイ欲しさにクウーンと鳴き、涎を垂らしながらも私の「待て」に従っておすわりを続けていた。 「一切れ、あげたら? かわいそうに」  房子が言い、私は、 「デブになっても知らないよ」  親バカだと自分でも呆れながら、ジャック可愛さで一切れ差し出した。食欲旺盛なジャックは、フォークまで食べてしまう勢いでパイを奪った。あっという間にパイがジャックのお腹におさまった。 「いやだ、あんた、ちゃんと餌やってるの? 飢えてんじゃない? この犬」 「ゴールデンはどの犬もこうなの!」  と私はムキになる。ドッグフードと、肉入りのご飯を交互に与えている。食いしん坊のジャックは私のなど比べようもないほど大きな器に山盛りにしても、あっという間に平らげてしまう。 「美保の昔に似てんじゃない? あんたもよく食べてたからね」 「ほんと」  私たちは顔を見合わせて笑った。気心の知れた友人とのひとときが素直に楽しい。  晴天。心の中も、晴天…。
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