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手が、震え出した。抑えようとしても抑えようとしても、震えはさらにひどくなった。
私の番が来た。つかもうとしたお焼香が、震える指の間からハラハラと落ちていく。
左手で右手を押さえながら、私は懸命にお焼香を掴もうとした。手ですくっても容赦なく落ちていく砂のように、幸せが逃げていく瞬間の気持ちが瞬時に私に甦った。
「美保…」
私の後ろに並んでいた房子が手伝ってくれ、私はやっとのことで焼香を終えた。
まったく、私自身、想像もつかないことが起こったのだ。私はどうしてよいかわからず、房子に支えられながら元の座に戻った。
秋彦の妻の顔を、私はついに見ることが出来なかった。すぐ前に座っていた彼女が私に頭を下げたのが何となくわかったけれど、私には何も見えなかった。
私は、泣いていた。
通夜の後、皆で飲みに行く話になった。誰が言い出したのか、
「あいつは明るいやつだったから、飲んで騒いで送ってやろうぜ」と言った同級生がおり、数名が賛同したが、結局久しぶりに会った同級生の四方山話をしたかった連中が、秋彦の思い出と称して飲み会を提案したに過ぎないのだと、私は思った。
なぜ、そこへ出席することにしたのか。私には説明がつかなかった。
ただ、房子と二人で、彼女の親戚のスナックには戻りたくなかった。小さな田舎のスナックの雰囲気が、あまりにも通夜帰りには似合っているせいかもしれなかった。
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