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多分、いや、絶対にそういうものだ。好きな人と共有できる時間があるという幸せが何にも優るものだということを、この私でもそれくらいのことは知っている。
呆れた、というふうに、房子が口をへの字に曲げながらパイにフォークを刺した。しばし、無言でパイを食べる。もうそれ以上、房子は結婚について話さない。
テレビでは三十代の、アイドル上がりの女優が、時折涙を見せながら芸能レポーターたちのインタビューに答えている。私は不幸です、と懸命に訴えている。私はぼんやりと画面を見ていた。正直言って、芸能人の誰と誰がくっついて誰と誰が別れた、という話題には興味がなかった。
その話題が終わっても、テレビはつけたままだった。房子は満足したらしく、紅茶のおかわりをすすりながら再びロンドンの話になった。他愛もない話に戻り、ホッとする。結婚だの離婚だの、私には関係ないところでみんな勝手にやってくれ、と思った。
旅先での失敗談を、身振り手振りを交えて話す房子の様子がおかしくて、話の内容もおかしくて、また笑う。
ささやかな贅沢、幸せ。晴天。心の中も、晴天に戻ってくる。
「ねえ、もう一杯いい? ああ、お湯は私が持ってくるから」
と房子が腰を浮かせかけたときだった。
私たちは同時に、息が止まった。その数秒後、房子が唾を飲み込む音が、静けさの中に響いた。続いてジャックがフローリングの床を歩く、タッタッタッタ、という足音。相変わらずさえずっている小鳥の声…。
ちょっぴり優雅なくつろぎの空間に亀裂が入った瞬間、私と房子の間だけ、時間が止まり、空気が凍った。
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