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浮かしかけた腰を戻した房子が、全身から力が抜けたといった表情で私を見ている。
私は話題が次に流れたテレビの画面から目を離し、惚けたようにそんな房子の顔をじっと見つめていた。
房子は睫毛の長い大きな目をしばしばさせながら、背を椅子に凭せかけている。それから房子は、おもむろにテーブルにあったリモコンを取り、テレビを消した。
そして、蚊の鳴くような声で呟いた。
「嘘、でしょ…」
私は、瞬きも忘れ房子の顔をじっと見つめることしか出来ない。
「秋ちゃん、死んだんだ…。S町の、三十五歳のしんどうあきひこさん、って、秋ちゃんのことだよね?」
房子が、念を押すように私に訊いてくる。私の頭の中は真っ白だった。
それは、パラグライダーが落下したというニュースだった。インストラクターは即死。一緒に飛んでいた若者は大怪我で重体だという。
新藤秋彦…。
もう、十五年以上も会っていない。結婚して子供がいることは同級生からそれとなく聞いていたが、パラグライダーのインストラクターになったことは知らなかった。近くの町に住んでいながら、いったん縁が切れるとそんなものかもしれない。
ジャックが、再びまとわりついてくる。私は、犬の頭に手を置いた。つるつるとした毛の手触り。窓から差し込む陽光に、金色に輝いている。私は手を犬の口元に持っていく。大きな舌で、器用に私の手を舐める。くすぐったい。
そして甦る、彼の声。
「俺、空を飛びたいんだ…」
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