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こんなものだろうか? 私にはわからない。人はあまりにもショックを受けたとき、すぐに涙が出ないものだという。その類なのだろうか。
それとも私は秋彦との別れを一度経験した女だから、彼に対して冷たくなってしまったのだろうか。
何事もなく、屈託のない顔を向けているのはジャックだけだ。彼は何も知らず、私との散歩のこととご飯のことを考えているのかもしれない。私を信頼しきっているジャック。それでも私たちの様子から何かただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、床の上に身体を伏せて、私たちの様子を伺い始めた。
房子の携帯電話が鳴った。
「うん、うん。そう。今ね、テレビで見た。今、あたし、美保のとこにいるのよ。え? うん、今のところは大丈夫そうだけど。ああ、そうね、聞いてみる」
彼女は携帯をいったん耳から離し、
「ねえ、あんた今日、仕事行ける?」
と私に訊ねた。
「うん。行くつもり。誰?」
「ヨウちゃん」
彼女は、学級委員だった同級生のニックネームを告げ、再び携帯を耳に当てた。
「うん。あ、そうなんだ。そうだよね。やっぱ行かなきゃね。詳しく聞いたら教えて。ああ、そうか。新聞に載るよね。うん。じゃあ、ありがとう。またね」
房子は口元だけ笑って見せた。が、目には私に対する同情の色が濃く出ていた。これ以上ここにいさせるのは彼女に対して気の毒だし、私自身、急激に一人になりたくなった。
「ねえ、もういいよ。私は大丈夫だし、ほら、もう犬の散歩して、仕事行かなきゃ」
「ほんとに、大丈夫?」
「だって、パート勤めだもの。稼がなきゃ。休んだらその分引かれるからさ」
情けない表情で、だが今度こそ房子は腰を上げた。
「じゃあ、電話するね。あたし、旦那の車借りて行けると思うから、一緒に乗って行くでしょ?」
私は、こくりと頷いた。
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