一章 変わらないもの、忘れたくないもの

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 この花は、形も品種によって様々で個性的なものもたくさんあるから、誕生日や母の日なんかに贈る花としては申し分ない。  だが僕の部屋のベランダに置かれた胡蝶蘭には、何度も植え替えられた跡や剪定(せんてい)されたような跡がいくつもあり、贈り物というには少々華やかさに欠ける。  でもそれは、なんとか生き長らえているという感じなんて全くしなくて、まるで幹の太い大樹がどっしりと根を張っているかのように、これは少し大げさ、それでも力強く、宿った生命を精一杯見せつけているみたいで、ここ三年ずっと枯れずに毎年綺麗な花を咲かせてくれている。ちょっぴり高級だけど、たくましくて、誰もが魅了されてしまうくらい綺麗な、胡蝶蘭。  出会った頃から、彼女が大好きな花だ。  その日僕は久しぶりに彼女と話をした。  ずっと前から描き続けていた絵(胡蝶蘭を題とした春の風景画)を完成させ、大きな充足感と達成感に浸りながら帰宅したとき、携帯電話に留守電が入っていたのだ。  僕の携帯電話は緊急の時以外はほとんど使われずに、机の上に置きっぱなしになっている(そのためよく携帯電話の意味がないと言われる)。だから留守電があることを知って手に取ったときは何度かくしゃみをしてしまった。窓から差し込む光によって、小さな光の粒になって煌(きら)めくほこりのせいだった。  それに、大抵僕宛の電話は職場の上司からスケジュールの確認、バイト先からのシフトに入るよう依頼(今ではもうバイトは辞めたけれど)、大学時代のサークル仲間から来る、飲みに行こうとかいう誘いの電話だ。
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