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その奇妙な店は初恋が叶う店だそうな。
深山直は40度近い熱に浮かされながら寿商店街の路地を歩いていた。
(もうダメだ…)
頭が朦朧とし、動悸も激しくなって来た。路地に置かれている古い木製のベンチに倒れるように腰掛ける。
呼吸を整え辺りを見渡すと「おかゆ・珈琲・和裁 花岡」と小さな木製の看板。なんとも妙な組み合わせだ。その店は商店街の路地裏には似合わない、赤煉瓦づくりの小さな古い洋館だった。
寿商店街に暮すようになって4年。結構知っているつもりだったけど、知らない所があるもんだとボーッと考えながら、ベンチに腰掛けていると、ふわっと柔らかく甘い香りが漂って来た。
ぐううううううぅう…
盛大にお腹が鳴る。あまりの大きさに、周囲に人がいないか確かめてしまった。腕時計を見ると午前11時。
朝方、あまりに喉が渇くので水を飲もうと起きたらもの凄い熱。とりあえず近くの内科をと調べたら、行った事のないエリア。スマホ片手に行きよいよいだったが…帰りは変な道ばかり示される。熱で朦朧としているのにスマホに振り回されていたのだ。さすがに血糖値が落ちてくる。
(地獄で仏と はこの事か…!)
木製のドアを押し 、中に入る。からんころん…ドアベルが優しい音を立てた。誰もいない。
「はーい。ちょっとお待ちください。」
店の奥から女性の涼やかな声が聞こえて来た。
(うわ…明治大正辺りにタイムスリップしたみたいだ…)
レトロな雰囲気たっぷりの店内。椅子やテーブルもかなりの年代物だが、よく手入れされている。窓際の席につく。
「お待たせしました。」
小走りに奥から出て来たのは…割烹着を着たおかっぱの日本人形…いや、ちんまりと手に乗ってしまいそうな小柄な女性だった。
(仏じゃなくて女神だーーー?!)
直は立ち上がると直立不動で挨拶した。
「は…はじめましてっ!」
「…はじめまして…?」
小首を傾げる様もキュンキュン直の心に突き刺さる。女性を直視できないほど心臓がドキドキする。一気に熱と血圧が上がった直は、直立不動のまま前に倒れた。
「…お客さん!お客さん?大丈夫ですかっ」
女性の呼びかける声がだんだん遠くなっていった。
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