兎姫と狼人間

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家に帰ってもドラム缶は一切旅行の話はして来ず、それがかえって可哀想心を擽ってくる。 「ねぇ、木村さんに旅行誘われたんじゃないの?」 痺れを切らせた妹が聞いても、母はいつもと変わらない口調でこう言った。 「私はね、いい所に住まわせてもらって軽自動車も買ってもらったし、贅沢すぎて十分満足してるよ」 「……でも行きたいんでしょ?」 「タダって言われると逆に怖くてね、後で身売りしろとか詐欺にあうとか、騙されるってそういう事でしょ?」 そんな緊張感のない身体を売れと言う奴はいないが、詐欺はいい線をいっている。 貧乏でも警戒心を忘れないのはいい事だ。 「それ違うよ、タダっていうのは私達が格安で購入出来るって意味だよ」 「えっ?そんな待遇会社であるの?」 「ウチの施設が使えるって事だよ、家族料金で」 母が急にソワソワとし始めたので、これが本当の気持ちだと思った。 社長が全部出すのは分かっているが、パン工場で働いてると思ってる母に、違和感を持たれないよう嘘をつく瑠里。 どちらにしても命が引き替えだ…とは言える訳もない。 「私だけ贅沢させてもらっても悪いよ……」 遠慮する母に妹がかけた一言は、代わりに仕事に行くという返事に王手をかけた。 「たまにはいいじゃん、女子旅に行ったら?」 私は引きつりながら微笑み、母は小躍りしながら服を選び始めた。 次の日、重たい足取りで職場に行くと出迎えてくれたのは受付の木村さんと、その隣でニッコリと笑う社長。 早速部屋に呼ばれ、昨日の話の続きを持ちかけてきた。 「今回はイナリも連れてって欲しい。姫にはペットがいるからその役を任せたい」 「兎がペットを?!何飼ってるんですか」 妹がすぐに質問した気持ちは分かる。 こちらの世界では、兎がペットとして飼われているので不思議な感覚だ。 「説明は難しいが、あちらでは『リボン』と呼ばれる猫とハムスターを足して二で割ったような生き物がおる」 「……イナリ、犬なんすけど」 「大きさが丁度いいし、女子のアクセサリー的なペットで服も着せるからバレはせんよ」 それだけではなく色んな意味で心配が増え、負の連鎖が頭の中でループしていた。
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